役職定年・再雇用をむかえ、みじめな気持ちにならないためには、現状維持バイアスを知り、現状と変化した場合の世界を冷静に比較することです。
人生100年時代となり、継続雇用の制度が拡充され、定年後も65歳、70歳まで働き続けることができるようになりました。一方で、不本意な毎日をおくってる方も多くいます。
本記事では、役職定年・再雇用でみじめな思いをしないために、冷静に事実に基づく選択ができる方法をご紹介します。
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役職定年・再雇用の現状と課題
役職定年と再雇用の実施状況
マンパワーグループの「シニア雇用制度の導入状況」調査によると、約43%の企業が役職定年制度を導入し、企業規模が大きくなるほどその割合は高くなっています。厚生労働省の令和4年「高年齢者雇用状況等報告」では、99.9%の企業が65歳まで、27.9%が70歳までの継続雇用を確保しています。
役職定年とは
役職定年とは、一定の年齢になると、部長や課長などの管理職から外される制度です。人件費の削減や若手の育成などを目的に、大手企業を中心に導入されています。通常、役職定年を迎えると、役割が変わり、給与も減額されます。
再雇用とは
再雇用とは、定年に達した正社員を、別の雇用形態で引き続き雇用する制度です。2021年4月1日より「改正高年齢者雇用安定法」が施行され、70歳までの就業確保が、企業の努力義務となりました。
役職定年を経験した社員の状況
高齢者・障害・求職者雇用支援機構の「65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援-高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書-(平成30年度)」によると、役職定年を経験した社員の約60%が仕事の意欲が下がったと回答しています。
Q:役職定年により、仕事の意欲は?
出所:65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援ー高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書ー(平成30年度)/高齢者・障害・求職者雇用支援機構を基に作成
- 仕事の意欲が下がった: 59.2%
- 仕事の意欲は変わらない: 35.4%
- 仕事の意欲は上がった: 5.4%
再雇用を経験した社員の状況
労働政策研究・研修機構の「60代の雇用・生活調査」によると、雇用継続により、7割の方が賃金が下がっています。
Q:雇用継続後の賃金は?
出所:60代の雇用・生活調査/労働政策研究・研修機構を基に作成
- 賃金額は減少した: 71.5%
- 賃金額は余り変化していない: 21.0%
賃金が下がったことについては、45.8%の方がおかしいと回答しています。
Q:賃金が下がったことに関しどう思うか?
出所:60代の雇用・生活調査/労働政策研究・研修機構を基に作成
- 雇用が確保されるのだから、賃金の低下はやむを得ない: 31.9%
- 仕事がほとんど変わっていないのに、賃金が下がるのはおかしい: 27.2%
- 会社への貢献度が下がったわけではないのに賃金が下がるのはおかしい: 18.6%
- 仕事によって会社への貢献度は異なるので賃金が変わるのは仕方がない: 17.6%
雇用継続に関し、特に何も取り組んだことはない人が、65.4%います。
Q:雇用継続に際し、何か取り組んだか?
出所:60代の雇用・生活調査/労働政策研究・研修機構を基に作成
- 特に取り組んだことはない: 65.4%
- 資格を取得するために自分で勉強したことがある: 12.8%
- 資格取得について調べたことがある: 7.6%
- 資格取得を目的とはしないが、自分で勉強したことがある: 7.6%
役職定年・再雇用における社員の課題やリスク
前述のように、役職定年・再雇用ともに、多くの社員は、仕事の役割が縮小し、賃金も下がる傾向にあります。その他にも、役職定年・再雇用は、社員にとって次のような課題やリスクがあります。
項目 | 内容 |
---|---|
キャリアの不確実性 | 役職定年後の社員、再雇用の社員に対し、多くの企業では、キャリア開発の機会は提供されていません。 |
スキルの陳腐化 | 環境変化のスピードが速いため、これまで身に着けたスキルの陳腐化が懸念されます。 |
役割縮小・給与減額 | 役割が縮小されたり、権限と責任があいまになります。この結果、給与も下がります。 |
職場文化の変化への不適応 | 価値観の違いにより若い世代とのコミュニケーションに苦労したり、職場に馴染めないことがあります。 |
課題やリスクを減らすには?
役職定年・再雇用の現状や課題を見てきましたが、65.4%の方が、雇用継続に際し、特段何も取り組んでいません。何も準備せず、流れにまかせ雇用を延長すると、課題やリスクに直面することになります。
55歳で役職定年を迎えた場合、あと15年または20年働くことになります。「モヤモヤをかかえて働くのは嫌だけど、他に選択肢がないから仕方ない」と思われるかもしれません。人には、現状維持バイアスというものがあります。現状維持バイアスを知ることで、課題やリスクに事前に対処することができます。
現状維持バイアス
現状状維持バイアスとは
現状維持バイアスとは、人がこれまでの状況を維持しようとする特性です。人は、変化することのリスクを過大に、現状のままいるリスクを過小に評価する傾向があります。
現状維持バイアスは、転職のように大きな環境の変化を伴うときに現れます。転職した場合の利益が、転職しなかった場合の利益を上回った場合、転職が最適な選択肢になります。しかし、多くの人は、メリットやデメリットを客観的に比較せず、何となく転職しないほうがいいかなと思い、機会を逃すことになります。
不確実な状況の意思決定
「バイアスとは何か(藤田政博)*1」によると、人は、不確実な状況では、得るより失うほうが、悲しみが大きくなります。以下の図は、不確実な状況で、得られる利得の効用を表したグラフです。上は効用が高くなり喜びが増えます。下は効用が低くなり悲しみが増えます。右が得、左が損です。中心の参照点は、現在です。
バイアスがなければ直線になりますが、やや曲がっています。利得の価値上昇よりも、損失の価値低下の角度が急です。10万円を得した時の喜びの大きさより、10万円を損した時の悲しみの大きさの方が、大きいことを表しています。不安定な自然の中で生きてきた人間の、生き残るための術と言えるかもしれません。
出所:バイアスとは何か/藤田政博/2021年6月10日/株式会社筑摩書房
危険を無視することで、精神的な安定を確保
人は、災害に直面しても、なかなか避難行動がとれないことがあります。人は目前に危険が迫ってくるまでは、その危険を認めようとはしない傾向があると言われています。正常性バイアスと呼びます。
危険を無視することで、精神的な安定を保っていると考えられています。正常性バイアスは、生命にかかわるため、啓発や訓練などを通じてバイアスを抑える意識を持つ必要があります。正常性バイアスほどではありませんが、現状維持バイアスにも同じような傾向があります。
現状状維持バイアスの事例
イーストマン・コダックは、かつて写真フィルムのガリバー企業でしたが、デジタル市場への参入が遅れ、2012年に倒産しました。現状維持バイアスの典型的な事例として知られています。
イーストマン・コダックは、1888年にジョージ・イーストマンによって創業された、写真フィルムやカメラの製造販売を主な事業とする米国の企業です。コダックは、20世紀のほとんどの期間において、フィルム市場とカメラ市場で圧倒的なシェアを持っていました。
しかし、デジタルカメラやスマートフォンの普及により、フィルムの需要が急速に減少しました。コダックはデジタルカメラの開発にも取り組んでいましたが、日本や韓国の競合企業に市場を奪われてしまいました。また、デジタル画像関連の特許を多数保有していましたが、その価値も低下しました。
コダックは1975年に世界初のデジタルカメラを開発しましたが、その技術を商業化することを見送りました。その理由としては、以下のようなものが挙げられます。
- デジタルカメラは当時のコダックの主力事業であるフィルムや印画紙の需要を減らす可能性があったため、自社の利益に反すると考えられた。
- デジタルカメラは当時の技術では高価で低性能であり、市場のニーズに合わないと判断された。
- デジタルカメラはコダックの伝統的な事業領域である化学や光学とは異なる電子やソフトウェアの分野であり、コダックの組織や文化と相容れなかった。
コダックは1980年代から1990年代にかけて、デジタルカメラやデジタル画像処理の分野でさまざまな製品やサービスを開発しましたが、それらは市場で十分な受け入れを得ることができませんでした。その原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- コダックはデジタルカメラやデジタル画像処理をフィルム事業と連携させることに固執し、フィルム事業を優先させたため、デジタル化への投資やイノベーションが十分に行われなかった。
- コダックはデジタルカメラやデジタル画像処理の分野で競争力のある技術や特許を多数保有していましたが、それらを有効に活用することができなかった。
- コダックはデジタルカメラやデジタル画像処理の分野で日本や韓国の企業と競合することになったが、それらの企業に比べてコスト競争力やマーケティング力が劣っていた。
コダックは2012年1月に破産法11条(日本の民事再生法に相当)を申請しました。
出所:コダックが陥ったワナ – 日本経済新聞.
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2500C_V21C12A2000000/.
ASCII.jp:コダック、日本のデジタルカメラ事業に再参入!
https://ascii.jp/elem/000/000/344/344527/. を基に作成
頭でわかっていてもできない時は…
現状維持バイアスをおさえて意思決定するには?
現状維持バイアスは、人間が生き延びるために身に着いたものであるため、完全に現状維持バイアスを克服することはできません。一方、我々が生きている今の世界とズレがあるのも確かです。重要な意思決定においては、バイアスがあることを前提に考える必要があります。以下は、再雇用の意識決定の例です。
現状維持した場合の未来を考える
まず、現状を維持した場合の未来を考え、現状維持のメリットとデメリットを書き出します。この例は、60歳で定年を迎え、再雇用に契約するかしないかの選択を求められている場合です。
雇用を継続した場合のメリット | 雇用を継続した場合のデメリット |
---|---|
・そのまま仕事を継続できる。 ・転職活動にかかる時間や費用を節約できる。 ・専門知識や技術、人脈を活かせる。 ・担当顧客との関係を維持できる。 ・収入が約束される。 | ・契約期間が限定される。 ・雇用形態が変わる。 ・役割が縮小する。 ・給与が下がる。 ・元部下が上司になる。 ・立ち居振る舞いに気を使う。 ・場合によっては、みじめな気持ちになる。 |
変化した場合の未来を考える
次に、変化した場合の未来を考え、メリットとデメリットを書き出します。雇用を継続せず、フリーランスで事業を始めるアイディアがある場合の例です。
フリーランスになった場合のメリット | フリーランスになった場合のデメリット |
---|---|
・人間関係のストレスが少ない。 ・定年がなく、生涯現役で働ける。 ・ビジネスの全体を体感することができる。 ・自宅で働く場合、通勤がなくなる。 ・全て自分で考え動くことが習慣になる。 ・仕事の全てを自分で決められる。 | ・契約更新や営業活動に、多くの努力が必要である。 ・つい働きすぎる。 ・事務作業を自分で行う必要がある。 ・コミュニケーションが減り、孤独を感じる。 ・全て自分で考え動く必要がある。 ・収入が不安定になりやすい。 |
メリット・デメリットを分析する
再雇用の最大のメリット・デメリットは、次のように考えられます。
- 最大のメリット: 収入が約束される
- 最大のデメリット: 居心地が悪い
フリーランスになった場合の最大のメリット・デメリットは、次のように考えられます。
- 最大のメリット: 仕事の全てを自分で決められる
- 最大のデメリット: 収入が不安定
収入がなんとかなれば、フリーランスの方がメリットがあります。意思決定の論点は収入になりますので、次のようなことを調べます。
- 現在の生活費
- 今後想定される生活費以外の支出
- 現在の貯蓄額
- 65歳までの不足する生活費(貯蓄ー生活費)
- フリーランスで働いた場合の想定収入
- 65歳からの想定生活費
- 65歳からの年金受給額
- 65歳からの不足する生活費(年金ー想定生活費)
- フリーランスで働い場合の65歳からの想定収入
意外と見落としがちなのは、フリーランスには定年がないため、65歳を過ぎても働き続けられることです。雇用継続の場合は、いつか契約終了の時期がくるため、65歳からはフリーランスの方が収入的に有利になります。よって、判断のポイントは、フリーランスで65歳までの生活費が賄えるかです。
ここまで分析して、はじめて意思決定できます。
- 65歳まで、フリーランスの収入でも生活していける場合: フリーランス
- 65歳まで、フリーランスの収入では生活できない場合: 再雇用
単純な分析ですが、事実を詳細化していくことで、判断のポイントが絞れてきます。
事実を冷静にながめると、意外にできることがある
人は、無意識に現状を維持しようという気持ちが強く働きます。この根拠のない気持ちに流され、多くの方が現状維持を選択します。しかし、実際に事実を見ていくと、そうとも言えません。「そんなの無理だ」と思っていたことが、ちょっとがんばれば実現可能ということが分かります。
仕事は、生活の多くの時間を占めます。周りに気を遣いながら、みじめな気持ちで毎日を過ごすのであれば、少し努力して、活き活きと過ごせる時間を手に入れても良いのではないでしょうか。最初からあきらめず、ぜひ事実を冷静に分析することから始めてみてください。
やりたいことが分からないという方は、経験の振り返りが有効です。一人では難しいという方は、オリジナルノートを基にコーチと共に経験を振り返る「個人のお客様向け|中高年リバイバルコーチング」をご検討ください。
上司としての対応方法
役職定年後の社員、再雇用の社員が部下になった場合、上司は普通に接することしかできません。多くの場合、上司が年下、中には元上司ということもあるため、やりにくさを感じることになります。自律的な働きが実現できている方を除き、上司のアドバイスを本心で受け入れることはありません。
日常の仕事に悪影響がでている場合は、書籍や他者の力を借りることです。定年後に活き活き働いているヒントが書かれた書籍を紹介する、または私のような外部コーチの力を利用するのがお勧めです。時間はかかりますが、内省のきっかけを与えることが期待できます。
まとめ
人生100年時代となり、70歳あるいは75歳まで働くことが普通になってきました。これに伴い、継続雇用の制度が拡充され、定年後も65歳、70歳まで働き続けることができるようになりました。
一方で、中高年から第二の人生を考える機会を奪ってる面があるのも事実です。人には、現状維持バイアスがあるため、多くの人は現状を継続することに安心感を覚えます。その結果、不本意な毎日をおくってる方が多く存在しています。
雇用継続という重要な意志決定においては、自分には現状維持バイアスがあることを前提に、冷静に事実を分析することが大切です。「意外にできそうだな」と思うこともあるはずです。一度きりの自分の人生、大切に生きたいですね。
起業・独立は簡単ではありませんが、できないことではありません。定年後もまだまだ長い残りの人生、小さく起業するのも一つの選択肢です。詳しくは、以下のブログをご覧ください。
「起業・独立はちょっと」という方は、副業から始めてみるのも一つです。自営型テレワーカーは、これまでの経験を活かしながら、自営の充実感を味わうことができます。詳しくは以下のブログをご覧ください。
引用文献
*1 バイアスとは何か/藤田政博/2021年6月10日/株式会社筑摩書房
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