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中高年の働く期間が延び、モチベーション維持が課題になる
年金の支給開始年齢の引き上げに伴い、多くの企業が、従業員の雇用を65歳まで延長されています。2021年4月には「高年齢者雇用安定法」の改正により、70歳までの就業機会の確保の努力義務が発効されました。既に、70歳~74歳の高齢者の3人に1人が働いています。定年後も15~20年は働くことが当たり前の社会が目の前に迫っています。
一方で、「働かないおじさん」といった言葉が話題になるなど、中高年社員に対し厳しい目が向けらています。私も様々な企業の人事担当者とお会いしますが、多くの企業が、自社の中高年社員の活用に課題を感じています。特に役職定年や定年後に見られる中高年のモチベーション低下に、頭を悩ませています。
「自分は必要とされていないのか」アイデンティティの危機
人間は、身の回りに大きな変化があると、アイデンティティの危機に陥ると言われます。アイデンティティとは、「自分はいったい何者なのか」「自分はどこへ向かうのか」といった、まさに思春期に思い悩んだあのモヤモヤした気持ちです。役職定年や定年によって、仕事、待遇、役職が変わると、築き上げてきた自らの会社員としてのアイデンティティに揺らぎが生じます。これまでは当たり前のように「自分は必要とされている」と思いながら働いていたのが、仕事は同じで給与は半減となると、「自分は必要とされていないのか」と思いはじめ、モチベーションが低下します。会社員にとっては給与も大事ですが、それ以上に会社からの期待が、モチベーションの大きな原動力となっています。
心理社会的課題が達成できていると、アイデンティティ再生力が高い
1950年代に心理学者のエリクソンが、人間のライフサイクル論を打ち立てました。心理学者の深瀬・岡本は、このライフサイクル論を基に、人間の心理社会的課題を次のようにまとめています。
出所:老年期における心理社会的課題の特質:Eriksonによる精神分析的個体発達分化の図式第Ⅶ段階の検討 発達心理学研究, 21, 266-277. /深瀬 裕子・岡本 祐子(2010)
人間は、生まれて死ぬまで、世代ごとに心理社会的課題が存在し、この課題を乗り越えることで発達するとされています。例えば、乳児期では、「基本的信頼」を獲得することが心理社会的課題となります。「基本的信頼」を獲得することで、老年期に「感謝」の気持ちを持てると言われます。世代ごとに異なる課題が幼児期から中年期まで続き、老年期に全て統合されます。青年期のアイデンティティ達成は、青年期において一旦達成するものの、最近の研究では、環境や経験を通じてアイデンティティは変容し、老年期の統合において完成すると言われています。
ある調査によると、心理社会的課題の達成度が高い人は、定年後のモチベーションが高いと言われています。こうした方は、定年や役職定年によるアイデンティティ危機を経験しても、環境変化に適応したアイデンティティに更新がなされている言われます。心理社会的課題を達成できている人は、アイデンティティ再生力が高いと言えます。
ライフストーリーインタビューにより、心理社会的課題が解消
それでは、未達成の心理社会的課題を達成するには、どうすればよいのでしょうか?一つの方法として、自分史を書くまたは自分史を語ることが、効果があるとされています。自分史を書くことは一人で行う作業ですが、自分史を語ることは、他者からのインタビューにより実施されますので、比較的取り組みやすいと考えられます。自分史を語ることは、ライフストーリーインタビューとも呼ばれ、以下の三つの利点があると言われています。
- 語ることで、自分自身も語りを聴き、自分を深く知ることができます。人間は、自分のことが分かっているようで、実は最も分かっていないと言われます。
- 過去の人生を語り振り返ることで、前向きに未来の自分を考えることができます。過去を語ることがアイデンティティの再生を促し、未来を見通せるようになると言われます。
- 他者に語ることで、自分自身に客観性と安定性を得ることができます。信頼できる他者に受容、承認されることが、アイデンティティを再生に導くと言われます。
ライフストーリーインタビューでは、ポジティブ・ネガティブにかかわらず特に印象に残っている出来事を自由に語ります。聞き手は、語りを傾聴します。インタビューは、数ヶ月間、数回のセッションに分け実施され、最後に全体を振り返りながら未来の筋書きを語ります。
ライフストーリーインタビューを終えた多くの方は、心理社会的課題の達成状況に変化が見られ、アイデンティティが再生し、生活が積極的になると言われています。自分を真から理解することになるため、これまで心の奥底にしまわれていた想いや感情に気づきます。今の仕事に、人が変わったように打ち込む方が出てくる一方、退職して事業やボランティアを始める方もいます。多くの方が、自分の本当の気持ちに気づき、人生に積極的向き合い、行動するようになります。
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まとめ
70歳を超えても働き続ける社会となり、働き手にはモチベーションをどう維持していくかが問われています。モチベーションの低下は、アイデンティティの危機が原因と言われます。人間は、身の回りに大きな変化があると、アイデンティティの危機に遭遇しやすくなります。アイデンティティの危機から立ち直るには、心理社会的課題を達成することが有効と言われています。その具体的な方法の一つとして、ライフストーリーインタビューがあります。今後は、中高年が働き手の大半を占めます。多くの方が、やりがいを感じながら働き続けられることを願っています。