企業は戦略的リスキリングと一般社員向けリスキリングを分けて考える必要があります。一般社員向けのリスキリングでは、社員は仕事を通じた自分の生き方を考えることで、必要だと思える学びを見つけます。
ChatGPTは、文章の作成から、コーディングまでさまざまな作業を行ってくれます。今の時代、働き続けるためには、誰もが、新たなスキルを身に付ける必要があります。話題となっているのが、リスキリングです。
一方で、「リスキリングというけど、何を学んだら良いのかわからない」という声も聞きます。今回はこのリスキリングについてご紹介します。
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目次
リスキリングとは?
経済産業省の第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会において、リスキリング(Re-skilling)に関し以下の定義が使用されています。
新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること
出所:リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流―/リクルートワークス研究所 石原直子
データサイエンティスト、AIエンジニア、ドローンエンジニアなど、新しい職種の需要が拡大してきており、こうした職種では、これまでにない新しいスキルが求められます。定年後に人材支援の仕事がしたいのでコーチングを学ぶなど、新しい職業に就くために、デジタル以外のスキルを獲得することも、リスキリングに当てはまります。
リスキリングが注目されている理由
2020年のダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)で、「リスキリング革命」が主要な議題に上りました。
『人材版伊藤レポート』では、人的資本経営を実現する人材戦略に必要な共通要素の1つとして「リスキル・学び直し」が挙げられ、政府の「新しい資本主義」においてもリスキリングが推進されています。
リスキリングは、国内外の主要な会議や機関で取り上げられているのに加え、次のような点も必要とされる理由です。
- AI、自動化、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなど急速な技術進化に追いつく
- 職種の変化に対応し、スキルセットを更新する
- 職務の幅を広げ、キャリアの発展につなげる
リスキリングとリカレントの違い
リスキリングとリカレントは、両者ともスキルの再編成や更新を表しますが、一部異なります。リスキリングは、既存のスキルが陳腐化し、求められるスキルセットの変化に対処するために、新たなスキルを獲得するプロセスを指します。現在のスキルセットを見直し、将来の需要に合わせスキルを習得することです。
リカレントは、個人がキャリアを歩む過程で、継続的に学び続けることを指します。労働環境の変化に対応するために、スキルセットを一時的に見直すのではなく、スキルの継続的な更新や学び続けるプロセスになります。テクノロジーの進歩と寿命の延びにより、変化の激しい労働環境において、人は長く働き続ける必要がでてきました。リカレントは、個人が新しいトレンドや技術に適応し続け、自身のスキルを最新の状態に保つために必要な学習と成長の取り組みです。
リスキリングは、労働環境から求められる仕事の変化に対応するための取り組み、リカレントは個人のキャリアを実現するための取り組みとも言えます。活き活きと、長く働くためには、両者を意識することが大切です。
戦略的リスキリング領域への対応
戦略的に取り組むリスキリング対象を特定する
リスキリングの導入に際し、企業は、経営戦略に基づき、重要領域を特定します。
例えば、重要性を縦軸、新規性を横軸にとり、戦略上重要な施策や基盤を以下の図のようにマッピングします。その上で、重要領域にかかわる知識や技術を有する人材が、社内にどの程度いるか確認します。メンフレーム上の基幹システムなど、技術は古いが、企業にとって重要なものに留意が必要です。
人材が不足している施策や基盤は、どのような知識や経験が必要かを具体的に洗い出し、戦略的に取り組むリスキリング対象とします。
戦略的リスキリング領域のリーダーを決定する
戦略的リスキリング対象が決まった後、リーダーを決定します。デジタル技術であれば、ITに精通した人材となりますが、重要なのはビジネス思考です。顧客が求めていることを常に考え、小さく試し、改善し、本格実行を繰り返す、アジャイルの感度を持った人材が理想です。
OODAループと言われる、マネジメント手法があります。
- Observe 観察
- Orient 判断
- Decide 決定
- Act 実行
事実を見て→よく考え→実行の繰り返しです。毎日、状況が変わるような世界では、このような手法を基に、ビジネスをマネージできる人材が求められます。
戦略的リスキリング対象の候補者を特定する
リーダー決定後、実務の候補者を選定します。新しい技術的な内容となりますので、多くの企業では、若手が候補者となるでしょう。企業の将来を担う人材といっても過言ではありませんので、気力、体力、胆力の充実した人間を選抜することになります。本人の希望も大事ですが、基本はトップダウンで指名することになります。
悩ましいのは、メインフレーム上の基幹システムなど古くて重要な領域です。候補者のモチベーション維持を考慮する必要があります。新しい技術に移管するか、他の新技術と合わせて担当してもらうか、マネジメントの工夫のしどころです。
DXプロジェクトでは、外部ベンダーやコンサルティング会社を活用するケースが多いと思いますが、自社内に一定の知見と経験を有した人間がいるかどうかが、成否に大きく影響します。
新しい技術領域は、企業よりも個人の力量に負う側面が多く、「有名企業だから任せておけば安心」というわけにはいきません。委託先の技術力を推し量る眼力が必要となります。
一般社員向けリスキリングへの対応
一般社員向けのリスキリングは、必要性を感じてもらうことがポイント
戦略領域以外の、一般社員向けのリスキリングです。多くの企業でリスキリングと言うと、この一般社員向けを指しています。一般社員向けのリスキリングを成功させるポイントは、個々の社員が「自分は、〇〇を学ぶ必要がある」と思えることです。人は、必要性を感じて、はじめて物事に真剣に取り組むことができます。
私がコンサルティング会社に勤めていた頃、年間に30時間、研修やeラーニングを受講するルールがありました。コンプライアンスやセキュルティ研修も対象となりますが、それでも20時間ぐらいは、自分で選択し何らかの研修を受講する必要がありました。
その時の研修で、今でも覚えているのは、ロジカルライティングとTOEIC英語です。ロジカルライティングは、最初に受けた研修で、目から鱗の内容ばかりだったので、よく覚えています。TOEIC英語は、受講後にTOEICの点数が上がったので、記憶に残っています。
22年×20時間=440時間の研修を受けて、この程度です。これは極端かもしれませんが、なんとなくeラーニングを見ているだけでは、スキルは身につきません。
何を学ぶか?学ぶ対象を見つけるには、仕事を通じた生き方を考える
「リスキリングで何を学べば良いかわからない」、こうした声を聞きます。中には、デジタルスキルの学びを、全社員に強制的に実施している会社もあります。昨今、ITパスポートの受験者数が、うなぎ上りに増えています。最低限のITやデジタル知識は必要なので、これはこれで良いのですが、会社のビジネスや個人のキャリアを劇的に変えることは期待できません。
大人が、自分に必要な学びを見つけるためには、改めて仕事を通じた自分の生き方を考えることが必要です。「会社員になって20年経ったが、自分が何をしたいか分からない」といった声を聞くことがあります。大学卒業と同時に何となく相性が合いそうな会社に就職し、会社の指示に従いながら何十年も働き、自分がやりたいことを考える機会はなく、その必要もありませんでした。
改めて、仕事を通じた自分の生き方を考えるといっても、「どうすればよいのか?」と思われるかもしれません。1on1のキャリアコンサルティングにより、キャリアを振り返るのは、有効な方法の一つです。キャリアを振り返ることで、自分が大切している価値観に気づくことができます。
キャリアを振り返り、内省し、気づきが生まれる
厚生労働省は、キャリアを次のように定義しています。
「キャリア」とは、一般に「経歴」、「経験」、「発展」さらには、「関連した職務の連鎖」等と表現され、時間的持続性ないし継続性を持った概念
出所:「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書/厚生労働省 平成14年7月
1on1のキャリアコンサルティングによりキャリアを振り返るとは、これまでの経歴や経験を、信頼できるキャリアコンサルタントに語ることです。ただこれだけのことですが、熟練のキャリアコンサルタントに語ることで、内省がどんどん促され、気づきが生まれるのです。
- 「入社5年目で任された、統計ソフトウェアを使った顧客分析は楽しかったな」
- 「入社7年目で経験した、コールセンター立ち上げが成功した時は充実してたな」
さらに、キャリアコンサルタントの問いかけにより、
- 「初めてリーダーを任され、大変だったけどやる気に満ちていたな。裁量権を持って何かをすることで、自分は本当に充実感を感じるな」
といった気づきが生まれます。
こうしたやり取りを数回繰り返すことで、次第に内省に慣れ、キャリアコンサルタントがいなくても、考えを書き出すことで一人で内省することができるようになります。
学びたいことを見つける、必要と思える学びを見つける
内省から、気づきを得るのに要する時間は、個人差があります。1時間のキャリアコンサルティングを受け、何かに気づく方もいれば、数回のキャリアコンサルティングを受けた後、一人で数か月間考え、気づきを得る方もいます。
イメージし易くするために、仕事に対する価値観の例を示します。アメリカの心理学者エドガー H. シャインが提唱した、キャリア・アンカーの理論です。キャリア・アンカーとは、意にそぐわないキャリアの選択を迫られた場合でも、諦めきれない動機や価値観です。
8種類のキャリア・アンカーのカテゴリーが提唱されています。
出所:キャリア・マネジメントー変わり続ける仕事とキャリアー/エドガー H. シャイン、ジョン・ヴァン=マーネンを基に作成
- 専門・職能別能力: 専門家であることに満足感を得る
- 経営管理能力: 経営管理そのものに関心をもつ
- 自律・独立: 自分のやり方を重視する
- 保障・安定: 安全、安心を最優先する
- 起業家的創造性: 新しいベンチャー事業を興す欲求をもつ
- 奉仕・社会貢献: 世の中に貢献したい欲求をもつ
- 純粋な挑戦: 手ごわい相手に勝つ欲求をもつ
- 生活様式: 生活を重視し仕事とバランスをとる
内省することで、次第に、自分は仕事を通じどうのように生きたいのか、そのために何を学びたいのか、学ぶ必要があるのか、が見えてきます。
- 「やっぱり自分は、もっと技術を極めたいので、AIの新しい技術が知りたい」
- 「安定は大事だが、パソコンが好きで、プログラミングに関心がある。今の会社で働きながら、小さく副業できるようにプログラミングをやってみよう」
- 「独りでじっくり考え、文章を書くのが好きなので、定年後はWebライターを目指そう」
- 「人の相談にのり、支援することにやりがいを感じる。キャリアコンサルタントやコーチングの資格を取得しキャリア相談室への異動を考えよう」
現在の会社の仕事だけに捉われず、人生全体に想いを膨らませ、学ぶことを見つけていきます。もちろん、今の生活を重視したいので、新しいことではなく、現在の仕事の延長線上で学ぶことを探すのもありです。
こうして出会った学びは、困難でも、それほど苦にならず夢中になれるものです。自分の生き方から導き出しているため、学んで終わりではなく、多くの方は行動へとつながっていきます。
弊社のセルフコーチングプログラムでは、内省が促進されることで、自分の価値観や思考の癖を認識できます。ここから、やりたい事や学びたいことの明確化につなげることができます。詳細は、こちらをご参照ください。
まとめ
リスキリングとは、スキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得することです。企業は、戦略的な領域にかかわる人材を育てる必要があり、トップダウンで候補者を選定し、進めることになります。
一般の社員向けのリスキリングは、社員が学ぶ必要性を感じることが大切です。そのためには、キャリアの振り返りを行い、仕事を通じた自分の生き方を、改めて考えることが有効です。
遠回りのようで、働き手を取り巻く環境が激変している現在、会社にとっても、社員にとっても、必要な方法です。社員一人一人が、自己のキャリア観をイメージできるようになりますので、自分のやりたいことを実現するために退職、副業する社員が、一時的に増えるかもしれません。
一方で、社内で働き続ける方は、強い目的意識を持っていますので、これまで以上のパフォーマンスが期待できます。
リスキリングは、企業の戦略的な施策と一般社員のキャリア開発を促進する好機です。「流行りだからとりあえずコンテンツを用意した」ではなく、自社の人材に真正面から向き合うことで、大きな果実が得られる機会となります。
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